かなわぬまでも存分に戦わなくてはいけない。

どうも、マッサンです。

今回は、どうやって私が遊びの審判役に成り上がったかを書きます。

子どもと遊ぶ中でナメられていると感じる指導者の、なにかの足しになればと思って。

f:id:matsu-matsu-mattsu:20180202183343j:plain

 

全力疾走!大人げなくっていい!

脚が速いんです、私。

だから審判に収まったワケではありません。

はじめは子どもと鬼ごっこをする、優しさも持ってました。

でも、その優しさは踏みにじられるもの。

先生と鬼ごっこ”は一見楽しそうですが、大抵は先生と鬼の対決になり、全員が参加しているとは言えません。

そこで私がやってみたのは“かけっこ勝負”です。

勝敗は問わない。ガチで。

勝ったら「まだ修行が足りないな!」って言っとけばいいです。

スゴイと思わせて、悔しがらせておく。

私はこれでいきました。

一方負けた時。

負け方が大切です。

笑顔で「スゴイね!」なんて言わず、悔しがりながら「もう一回!」と食い下がるんです。

シンドいですけど、もう一回やれば勝てるかもしれません。

負けても子どもに『このヒトは本気で遊んでくれる。そして手強い!』と思わせればいいんです。

 

まとめ。

負け方を間違えると“カモ”になり、子どもに遊ばれる存在のままです。

「子どもと遊ぶ」にも、相手に認められなければいけません。

実はこれ、マキャベリが著した『君主論』の外交から学びました。

 

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)

 
君主論 (岩波文庫)

君主論 (岩波文庫)

 
きびしい社会を生き抜く人になる! こども君主論

きびしい社会を生き抜く人になる! こども君主論